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京都地方裁判所 昭和61年(ワ)2314号 判決 1989年2月21日

原告 甲野太郎

被告 株式会社毎日新聞社

右代表者代表取締役 山内大介

右訴訟代理人弁護士 髙木茂太市

同 久保昭人

右訴訟復代理人弁護士 入江教之

主文

一  被告は、原告に対し、金二〇万円及びこれに対する昭和六一年一一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金四〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一一月二七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

本件訴えを却下する。

(本案の答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、毎日新聞を発行しているものであるが、同新聞の昭和五八年一一月五日付夕刊九頁において、次のとおり、(一)ないし(三)の見出しのもとに、(四)の要約記事及び(五)、(六)の本文記事を掲載し(以下「本件記事」という。)、これを全国に報道した。

(一) 甲野、もみ消し工作も

(二) 逮捕前、知人に相談

(三) 汚職事件情報ちらつかせ

(四) 甲野は逮捕前に捜査を察知、知人にもみ消し工作の相談をもちかけていたことも明らかになった。

(五) 同事件では、架空の融資金請求書類の準備は甲野が中心となったが、

(六) 甲野は最近、捜査の手が自分に伸びていることを察知。逮捕を覚悟し、辞職の意向を知人にもらす一方で、この知人に対し「書記官としての立場で得た情報だが、大がかりな汚職事件を詳しく知っている。この話を府警に持ちかけ、自分の事件に府警が手をつけないようにできないか」と取引話を持ち出していたことも新たにわかった。

2  右記事は、原告の社会的信用を著しく失墜させ、その名誉を毀損したものであり、原告はその結果精神的苦痛を被った。

よって、原告は、被告に対し、右精神的苦痛に対する慰藉料として金二〇〇〇万円のうち金四〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年一一月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の本案前の主張

本件訴状の被告は、当初訴外株式会社毎日(代表取締役川崎博太郎)になっていた。右毎日は従前日刊新聞を発行していたものであり、代表者も川崎博太郎であった。また、原告は、元京都地方裁判所の書記官であり、法律の専門家であったのだから、当初の訴状は単純な表示間違いではなく、真実右毎日を被告としていたものである。

よって、被告を右毎日から株式会社毎日新聞社に変更するのは、任意的当事者変更として許されないので、本件訴えの却下を求める。

三  被告の本案前の主張に対する原告の答弁

原告は、当初から株式会社毎日新聞社を訴える意思であり、被告を株式会社毎日から株式会社毎日新聞社に変更するのは、訴状の被告の表示の訂正にすぎない。

四  請求原因に対する認否

全部認める。

五  抗弁

1  本件記事の公益性

(一) 本件記事は、裁判所書記官であった原告が、刑事事件の被疑者として逮捕されたこと、当該被疑事件の捜査の経緯、それに関連する逮捕前の被疑者の動向及び被疑者の周囲の状況の報道であって、これは最も法の遵守を期待される裁判所書記官という公務員の刑事事件そのものと、それに密接に関連する事項のみからなる。

(二) そして、かかる事案については、新聞は広くこれを報道し、世間への警鐘としなければならない。

(三) よって、本件記事は、公共の利害に関する事実の報道であり、かつ、公益を図る目的に出るものであったことは明らかである。

2  本件記事の真実性ないし被告の無過失

(一) 本件記事の主たる取材源は、警察の捜査幹部で警部級の者であり、その者が過去二、三回被告の記者に流した情報はすべて真実であったので、取材源として信頼すべきものであった。

(二) 原告の詐欺事件及び本件記事内容について、被告は、本件記事の報道の約半年前から取材を始め、週二、三回の割合で取材を行い、昭和五八年九月頃に事件の概要を把握し、報道の約二か月前から取材毎に被告の社内で取材結果の検討や今後の取材方針の相談をする等慎重かつ根強い取材活動をした。その結果、一貫した矛盾のない事実が得られたので、発表したのが本件記事である。

(三) 被告は、本件記事内容の事実を報道の約一か月前に把握したが、その報道には慎重を期し、昭和五八年一一月四日に主たる取材源である捜査幹部に再確認をしたほか、主たる取材源以外の捜査幹部、捜査員、書記官等裁判所関係者及び弁護士に裏付け取材をし、具体的内容について十二分な確認がとれたので、本件記事を発表した。報道後も、被告は捜査官から、「あれで良いよ」との確認まで得ている。

(四) 原告の詐欺事件及び本件記事内容について、被告は、三名の人員を割き、それぞれを総括(キャップ)、警察本部担当、裁判所・検察庁担当とし、その上にデスクとして報告を受け指示を出す者を置く等万全の体制を組み、取材結果の討議とデスクによる再検討を経て、本件記事を発表した。

以上の事実によれば、本件記事はすべて真実であるから違法性がなく、仮に真実に相違する部分があったとしても、被告側にそれが真実であると信じたことにつき相当の理由があったといえるから、被告に故意過失は存しない。

なお、本件記事は、原告の詐欺事件の記事(昭和五八年一一月五日付け毎日新聞朝刊掲載)と一連のものであり、真実性及び過失の有無について、本件記事だけを独立して考えるべきではない。

六  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  抗弁2の事実は知らない。

第三証拠《省略》

理由

一  本案前の主張について

1  原告が提出した訴状における被告の表示は株式会社毎日となっていたこと、その後原告が提出した訴状訂正申立書において、原告は、被告の表示を株式会社毎日新聞社に変更したことは、当裁判所に顕著な事実である。

2  被告はこれを任意的当事者変更であると主張するが、被告の右主張の可否について判断するためには、当初の被告が誰であったかを確定しなければならないところ、その基準については、単純明快な基準が必要なこと及び原告の意思を全く無視できないことよりして、訴状における当事者欄の記載及び請求の趣旨・原因その他一切の記載事項を斟酌して、何人に対して判決が求められているかを基準として判断すべきである。そして、本件においては、原告の訴状及びそれに添付されていた新聞の各記載を総合して検討すると、その被告の表示が株式会社毎日新聞社に極めて類似していること、株式会社毎日新聞社が発行している毎日新聞の昭和五八年一一月五日付夕刊記事が原告の名誉を毀損したことを理由として、慰謝料の請求がされていることが明らかであるから、訴状においても株式会社毎日新聞社に対して判決が求められているといえ、被告は当初から株式会社毎日新聞社であったというべきである。

3  よって、原告の訴状訂正申立書による被告の表示の変更は、訴状の訂正にすぎないから、被告の右主張は採用できない。

二  請求原因について

請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。

三  抗弁について

1  新聞記事が他人の名誉を毀損する場合であっても、その内容が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的で報道がなされたときは、摘示された事実が真実であったことが証明される限り、右行為は違法性を欠き不法行為は成立せず、また、右事実の真実性が証明されなくても、真実と信じるにつき相当の理由がある場合には、右行為には故意過失が認められず、不法行為は成立しないものと解するのが相当である。

2  そこで、右の観点から本件を検討する。

(一)  抗弁1(一)の事実は、《証拠省略》により、これを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  《証拠省略》によれば、以下の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

(1) 原告が昭和五六年七月八日他の共犯者と共に起した詐欺事件(以下「本件詐欺事件」という。)につき、京都府警察本部刑事部捜査二課と同中立売署は、合同して捜査チーム(以下「捜査チーム」という。)を作り、右事件の捜査を行った。

(2) 被告は、右捜査チームの重要な地位にある捜査幹部(地位は警部級である。以下「捜査幹部」という。)から、昭和五八年五月頃原告の本件詐欺事件を聞き、取材を開始した。この捜査幹部は、本件詐欺事件より前に、被告の取材を二、三回受けているが、その取材によって得られた内容はすべて真実であった。

(3) 被告の取材記者の体制は、総括(キャップ)、警察本部担当、裁判所・検察庁担当の三名であり、取材指揮及び記事の最終確認の係としてデスクが置かれていた。

(4) 被告の取材記者は、同年九月頃原告の本件詐欺事件についての概略を把握し、さらに捜査幹部から、「裁判所書記官が、けしからん事をしている。汚職事件を摘発するという事を種にして、(詐欺)事件のもみ消しが出来ないかどうかということを、知人に相談している。右は部下が捜査している間に出て来た事実だが、そういう話には乗らないよう言ってある。」との話を聞いたが、詳細は教えてもらえなかった。

(5) 右の情報を得た後約二か月間、被告の取材記者は、原告の本件詐欺事件及びもみ消し工作について取材を行った。被告の取材記者は、その主たる情報源を捜査幹部に求め、九回ないし一〇回の取材を行ったところ、原告のもみ消し工作についての捜査幹部の話は一貫していたものの、その内容は右九月段階より詳細になったわけでもなく、またもみ消し工作を相談されたという知人に対する取材ができたわけでもなかった。また、被告の取材記者は、裁判所書記官及び弁護士に取材したところ、原告のもみ消し工作につき、「そういう話があるというのは聞く。」との噂話程度の取材結果を得たにすぎなかった。

(6) 捜査チームは、同年一一月四日午後、原告を詐欺事件で逮捕し、原告宅と原告が当時勤務していた京都地方裁判所第一刑事部書記官室の原告の机を捜索し、右詐欺事件の経過を公式発表したが、原告のもみ消し工作については公式発表をしなかった。

(7) 右発表後、被告の取材記者は、捜査幹部に取材したが、原告のもみ消し工作についてはそれがスナックで行われたという程度の新事実を得たにすぎなかった。そこで、被告は、翌一一月五日付けの毎日新聞朝刊には、警察の公式発表を中心とする本件詐欺事件の概要についての記事(その内容として、「調べによると、融資金手続き書類の準備などは実務に詳しい甲野が中心に実行。……事件の指導的役割を果たしていた。」との要約の記事がある。)は掲載したものの、原告のもみ消し工作については、直ちに記事にすることは控え、右五日付けの朝刊には見送る一方、被告の取材記者は、同月四日夜捜査幹部に再度取材したが、内容は決して間違っていないが未だ詳細は話せないとの取材結果を得たにすぎなかった。

(8) 被告の取材記者は、捜査幹部からの取材を諦め、翌五日に別ルートへの取材を行ったが、原告のもみ消し工作については、そういう話があったという程度の大まかな事実しか得られなかった。

(9) しかしながら、被告の取材記者らは、取材源に信用性があること、話に具体性があること等を理由とし、原告のもみ消し工作を真実と判断し、本件記事の報道に踏み切った。

(10) 本件記事の報道後、捜査幹部は「内容はあれでよい。」旨被告の取材記者に伝えたものの、もみ消し工作について報道した新聞社は、被告の他に一社もなかった。

(11) 原告は、本件詐欺事件(被告の報道した容疑事実と同一である。)について逮捕・勾留を経て起訴された後、同年一二月二〇日頃保釈され、翌年五月から、本件記事につき何回か被告に多少強引な解決交渉を行ったが思うように行かず、昭和六一年になってから、被告記者の訴外亘英太郎及び同桑田潔を名誉毀損の被疑者として、京都地方検察庁に告訴した。しかしながら、右両名は、同年九月三〇日起訴猶予処分となり、京都検察審査会も右処分を相当であると議決した。

なお、原告は、起訴された本件詐欺事件について、昭和五九年七月一六日、京都地方裁判所において、有罪判決を受け、控訴することなく、同判決を確定させ、被告が昭和五八年一一月五日付けの毎日新聞朝刊に掲載した本件詐欺事件の記事については、被告に対し、記事訂正、名誉毀損等の申立てをしていない。

(三)  右(一)(二)で認定した各事実によれば、被告主張のとおり本件記事の公共性及び公益目的性は肯定でき、本件記事のうち、本件詐欺事件を要約した部分(請求原因1(五)記載の記事)は真実であるとの証明があったものとみて差し支えないということができるが、その余の記事の真実性については認めるに足りないというべきである。

そこで、被告が、右その余の記事を真実と信じるにつき相当の理由があるかどうかについて判断する。右判断については、一般的に取材源の信頼性、取材内容、取材経過、裏付取材の有無・内容等を総合評価すべきであるところ、右認定事実によれば、本件記事では、主たる取材源の地位・役職・過去における被告との関係からみてその信頼性は高いとはいえなくはないものの、取材内容は、抽象的で漠然としているという批判は免れず(もみ消し工作が行われた日時、場所、相談されたという知人名、取り引き材料にされたといわれる汚職事件の内容等につき不明確なままである。)、また、被疑者のもみ消し工作は法律上不可罰であって、犯罪行為ほど捜査官の関心が向かない内容であり、取材経過においても捜査当局の公式発表からはずされているのであるから、その報道にはより慎重であるべきところ、被告の裏付取材においても噂話程度のことしか得られなかったことも考慮すると、本件記事(ただし、請求原因1(五)記載の記事を除く。)内容につき被告が真実と信じるに足りる相当な理由があったとはいえないというべきである。よって被告は無過失とはいえない。

なお、本件記事は、原告の本件詐欺事件の記事とは内容的には一応別個独立のものであるから、その二つを一連のものとして見た上で真実性及び過失の有無を考えるべきだとの被告主張は採用できない。

3  よって、抗弁は理由がない。

四  右によれば、被告が本件記事(ただし、請求原因1(五)記載の記事を除く。)を毎日新聞に掲載・頒布して原告の名誉を毀損したことは、不法行為となるというべきだから、被告は、これにより原告が蒙った精神的苦痛を慰藉すべき義務があるところ、前記二、三で認められる諸般の事情を総合考慮すれば、その慰藉料は、金二〇万円をもって相当と認める。

五  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、慰藉料金二〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六一年一一月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用し、仮執行宣言については、相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鐘尾彰文 裁判官 彦坂孝孔 浅見宣義)

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